安全・安心とリスク

今日からオリンピックが始まる。バブル方式により国民の命と健康を守るために、感染対策を徹底し安全安心な大会を実現していくとの呪文が何度も繰り返されている。安全安心の裏付け・エビデンスは気持ちを訴えるだけではで解決できないことは誰でも分かっている。トップリーダーの言葉としてはこの安全安心という言葉の繰り返しは無力感や他人事という感情を掻き立てるだけで逆効果である。日本の優秀な官僚も多分もっと嫌気がさしているに違いない。オープン曲の作曲者の辞任劇に対しての考えられないトップの判断ミスなどドタバタが続いている。オリンピック組織委員会事務総長は旧大蔵省のトップを務めた日本の金融・経済の最高責任者である。それくらいの経験者がいとも簡単に判断を間違え、前言を翻すことをあからさまに見てしまうと人流抑制・飲食業に対しての各種規制などに従えという希望の言葉は無効。判断・決断の裏には必ずリスクがある。そのリスクを最小限にとどめることがリーダーの役目であり周囲の協力者も納得する。問題は政治家が自分たちで作ったバブルの中でしか通用しない言葉や仕組みが世の中を動かしているという錯覚を外部から針を刺してバブルを吹き飛ばす必要がある。

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