令和4年を振り返る

平成4年4月に荒川区にて創業して丁度30年経った今年を振り返るとコロナに始まりコロナで終わったが悲しい訃報が続いた年でもあった。一昨年の暮れには七人兄妹の三男が逝去。亡くなる何か月か前に突然電話があり、以前に私が自然気胸で入院していた状況はどうだったかという電話であった。その時は気にも留めていなかったが兄貴は何となくシグナルを送っていたかも知れない。今思うと直ぐにでも家に行って話を聞くべくだったと悔やまれる。翌年の4月にはサラリーマン時代の直属の上司でもあり40数年間公私にわたりお付き合いいただいた人生の師の一人でもある方を見送った。ブログを欠かさず見て気に留めた日記があると感想をメールで頂いて激励とお褒めの言葉を率直に言って貰える大先輩でもあった。8月には創業社長であり、青森から裸一貫で苦労してプレス工場を立ち上げ自動車業界では無くてはならない企業を創った大先輩。休日になると電話が有り、一杯飲もうとのお誘いが二十数年間続いた。常にご馳走になり元気な頃は二次会も必ず行き楽しい時間を過ごした。最後の職人経営者として尊敬していた。同月、創業以来初めて社員を亡くすという悲しい経験もした。定期健康診断の結果を大事にして治療すれば防げた内容に悔やむ。また、個人的にサラリーマン時代から三十数年テニス、ゴルフを通して旅行やコンペなど数えきれないプライベートなお付き合いをさせていただき、更には別荘までいただいた俳優さんのあまりにも早い別れがあった。今まで自分を育ててくれた先輩と同じことが出来るか甚だ自信がないがそれが出来るように精進していこうと思う。来年はうさぎ年、もっと飛んで自分の周囲にいる関係者の幸せのため頑張って行こう。

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